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会社案内

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沿革

1960年代
日本は高度経済成長を続け大量の工業製品を生産し消費して豊かさを追い求めていったが、そのことは同時に大量の廃棄物を生み出すことでもあった。
 廃棄物(ごみ)の処理はもっとも簡便な方法である「埋め立て」によっていたが、悪臭など二次公害の大きい施設であった。東京都の郊外にある瑞穂町にはそうしたごみの埋立地が数多く設置されていた。

1970年
廃棄物処理法制定。
廃棄物の範囲は、生ごみ、し尿などの生活系から、廃油、廃プラなどの産業系へと拡大。排出者である企業の処理責任を明示。
 八太昭道(株式会社オストランド 代表取締役)は大手石油化学会社を退社、(株)プランドの設立に参加。取締役就任。

1972年
環境庁(当時)の廃棄物処理のモデル都市として選出された豊橋市(愛知県)において、市のプロジェクト業務の専任アドバイザー。「都市農村環境結合計画(ユーレックス)」を策定。

1976年
プランド退社。民間の埋立地に大量のごみが搬入され対処に困っていた瑞穂町(東京都)に問題解決策を提案。
 町は、提案を採用し、ごみ問題専任の特別職のポストを新しく設けて、「ごみからまちづくり」のスローガンのもとに「クリーンみずほ計画」を策定し、八太にその実行をゆだねた。
 八太は直ちにプロジェクトチームを組織して庁内体制をつくるとともに、幾多の課題を一気に解決していくには実務を担う専門家が必要となることから、町の承認を得て、会社を設立。こうして、 9月9日 、ごみ問題のシンクタンク、コンサルタント会社として、株式会社オストランド(OSTRAND)を設立。
 瑞穂町は、全国に先駆けて、ごみのマスタープラン作成、分別収集、リサイクルセンターの建設などの施策をたて、次々とこれを実行に移した。その結果2年後には「ごみの町」の汚名を負っていた瑞穂町は、「未来を先取りしたリサイクルの先進モデル都市」として全国に知られ、多くの自治体が視察に訪れる町に変身した。
 当時のごみ行政は焼却炉と埋め立て処分場の建設に重きを置いていたが、建設用地の取得をめぐって住民からの反対に悩まされていた多くの自治体は、瑞穂町をモデルとしてごみ減量・リサイクルに取り組み、行政としての成果を挙げていった。松戸市(千葉県)はその代表例である。

1978年
【地元住民の参加による、ごみ処理施設用地選定システムの開発に成功。】
ごみ処理施設が必要であることはすべての市民が認めざるを得ないが、その場所が自宅の近くだとなると、そこに住むすべての市民(「地元住民」とよばれる)は反対する。総論賛成、各論反対といわれる現象で、欧米ではNIMBY(Not In My Backyard)と呼ばれ、世界共通の現象といって過言ではない。
 武蔵野市(東京都)では4つの候補地からそれぞれ3人づつの地元住民(計12人)の代表を含む市民委員会(計36人)がわずか12ヶ月で用地を選定することに成功している。その地元の代表を含む委員会が選定したその場所は、市が当初予定していたのとは別の場所”市庁舎に隣接する一等地”であった。
 オストランドは、NIMBY問題を克服する用地選定の新しいシステムを提案し、それが採用されると市民委員会のワーキンググループ兼事務局として会議の運営にかかわり、提案システムを実行に移しゴールに到達させている。

1980年
オストランドは、1976年瑞穂町のごみ問題に取り組んで以来今日まで、常に直面する最先端の問題に挑戦、ソリューションを提供してきた。
 ごみの調査と市町村のごみ処理計画からはじまった業務は、ごみ処理施設のコンサルテーションへと展開、リサイクルセンタ、リサイクルプラザ、焼却炉、スチームタービン発電、埋立最終処分場の計画、設計仕様、アセスメントから施工監理までを一貫して行ってきた。

1989年
政府が、市町村に、ごみの減量・リサイクルを重視した「ごみ処理基本計画」の策定を義務付ける通達を出すことによって、ごみのマスタープランは制度として定着し、今日ではほとんどすべての自治体がごみ処理基本計画の作成、ごみ分別、リサイクル施設の建設などを行なっている。

1991年

1992年
産経児童出版文化賞 受賞

1990年
ごみ減量・リサイクルを、一部の熱心な市民から全市民に拡大する方法として、「ごみの有料化」を提言した。当時は伊達市(北海道)などごく一部で行なわれていた方法であるが、今日では三分の一の市町村が採用し5~15%の減量効果を生み出すにいたっている。

1995年
オストランドのコンサルティング領域は、ごみの行政コンサルティング(ソフト事業)から、ごみゼロエンジニアリング(ハード事業)へと広がった。その第1号として、埋め立て処分場の遮水モニタリングシステムを開発した。
 これは、ブロックに分けた二重の遮水シートのなかに水を通し、流出した水質の変化を自動分析して、誤差無く迅速に破損のモニタリングを行なうシステムで、第1号施設は豊川市(愛知県)の処分場で採用された。

2000年
空き缶の高度リサイクルプロセスを開発した。これは飲料用スチール缶の上蓋部分(重量で10%)がアルミニウムでできていることに着目して、これを胴部のスチールと分離して回収するプロセスである。分離の技術原理はスチールとアルミの熱膨張の差を利用することおよび、合成樹脂の接着剤とコーティング剤を熱分解ガス化して除去することである。
 第1号施設は、飲料の大手自動販売事業者である株式会社ジャパンビバレッジの工場(埼玉県さいたま市)で稼動している。ここで扱う飲料容器は民間企業(ジャパンビバレッジ)が自社の責任として収集したものである。これに対して第2号施設は、市町村などが収集し選別後プレスして鉄資源として売却しているもの(プレス缶)を対象としている。設置者は日下部建設(神戸市)である。

2002年
本技術開発の成功を契機として、廃棄物とバイオマスの熱分解(炭化、油化、ガス化)プロセスの開発へと展開、大学等研究機関との協力関係を構築。
飲料缶の熱分解ガス化プラントが2003年度のウエステック大賞を受賞。

2003年
いわき市(福島県)から環境産業振興コンサルテーション業務を受託。
オストランドは廃棄物の熱分解で水素を発生するプロセスの開発を提案。
経済産業省の新規産業創造新技術開発補助事業「廃プラスチックの熱分解による水素製造プロセス」の開発を行なった。実施者は日化新菱株式会社(福島県いわき市)、プラントの規模はプラスチックで100Kg/hである。

2004年
オストランドは更に廃棄物の熱分解ガスで直接発電するプロセスの開発を提案。
いわき市が環境省のモデル都市(環境と経済の好循環まちづくりモデル事業:通称まほろば事業)に採択され、その一環として「建築廃材の熱分解ガス化コジェネレーションプロセス」の開発を行なった。実施者はトラスト企画サービス株式会社(福島県いわき市)、プラントの規模は木屑と廃プラで200Kg/h、発電出力は100kwである。
 これらの技術はいずれも、C-POWER(Carbon-free Pylorysis of Organic Waste Energy & Resources) とネーミングしたリサイクルプロセスシステムと、反応装置として、内部循環機能を整備したロータリーリアクターを採用したもので、効率がよいため小規模でも経済性がよく、運転・維持管理が容易なプロセスである。
(当社技術顧問の国井大蔵東京大学名誉教授との共同開発)

2011年
熱分解発電プラントの開発に成功。
有機物を燃料ガスと電気に変える実用化プラントの第一号が完成。
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